渋谷ヒカリエ 8/ はこうして出来た。小林 乙哉さん(東京急行電鉄株式会社)

2016.01.14

東京急行電鉄株式会社 都市創造本部 開発事業部 小林乙哉さん

東京急行電鉄株式会社 都市創造本部 開発事業部 小林乙哉さん

開業4年目の渋谷ヒカリエ、その8階に注目します

渋谷が最近、面白くなってきました。

2012年、渋谷駅東口に「渋谷ヒカリエ」が開業した頃から、渋谷はこれまでの若者のイメージから大人の街へと変化しつつあります。

渋谷ヒカリエは、「商業」と「文化」と「業務」という3つの異なる施設が縦に重なった高層複合施設です。
話題のグルメやスイーツのお店から、高感度な女性達に注目されるショッピングフロア、海外の有名ミュージカルを上演する劇場、有名IT企業がオフィスとして使うなど、様々な利用者で渋谷ヒカリエは日々賑わっています。
こうした複数の施設が、一つのビルに縦積みされているのは、世界的にみてもとても珍しいそうです。

8/画像渋谷ヒカリエ 8/のご担当だった小林さん。

クリエイティブスペース 8/(ハチ)クリエイティブスペース 8/(ハチ)

今回注目したのは、渋谷ヒカリエの8階です。
「クリエイティブスペース 8/(ハチ)」という、渋谷ヒカリエの中でも独特の魅力を持つフロアを、立ち上げから企画・運営をしてきた東京急行電鉄株式会社都市創造本部の小林乙哉さんにインタビューをしました。

お話の前に、少しだけ「8/」についてご紹介しておきましょう。
8/には、7つの区画があります。

100~150名前後が集まれるイベントスペース「COURT」。展覧会が開催できるギャラリー「CUBE」。小山登美夫ギャラリーがディレクションするギャラリー「ART GALLERY」。D&DEPARTMENTがプロデュースする日本の47都道府県のものづくりをテーマにしたデザインミュージアム「d47 MUSEUM」、日本各地の食材を使った食堂「d47食堂」、日本のものづくりを集結させたセレクトショップ「d47 design travel store」。そして、コクヨが運営する渋谷らしい新しい働き方を提案する会員制のオフィス「Creative Lounge MOV(モヴ)」
これらの個性的な区画は東急電鉄が中心となって、それぞれの運営主と同じ志の元で共同運営をしています。


今年で開業して4年目となる渋谷ヒカリエの8階は、どのようなコンセプトで生まれ、どのような人たちが集まり、成長していったのか。そして、変わりゆく渋谷をどのようにみてきたのか、東急電鉄の小林さんに、8/でお話を聞いてきました。


8/は「新しい価値を、渋谷らしいやり方で発信していく場」8/は「新しい価値を、渋谷らしいやり方で発信していく場」

8/画像イベントスペース「COURT」(運営:東急電鉄・8/運営事務局)
―― 渋谷ヒカリエの8階は個性的なイベントや区画が集まっていますが、最初に8/の全体のコンセプトを教えてください。
小林さん:8/は多面性のあるフロアで、一口では言いづらいのですが、端的に言うと「渋谷らしいやり方で、新しい価値を世の中に発信していく場所」だと思っています。
8/を作っている当時は「渋谷らしい公民館」や「渋谷らしい交流できる広場」など色々な言い方をしていましたね。
「渋谷らしいやり方」というのは、多様性を受け入れる価値観をベースとして、新しい価値を生み出す人に、興味を持ち、受け入れて、応援していく、ということだと考えています。
―― 「クリエイティブスペース」といった名前も付いていますね。
小林さん:はい。8/では、アートがあり、デザインがあり、物産展があったりするのですが、アートスペースだけではないし、デザインセンターや美術館、博物館でもない場所。でも、ここで行なっていることを総合したら『創造的な活動』ということで包括できると思ったのです。ここはクリエイティブな活動が日々行われている場所ということで、「クリエイティブスペース」と名付けました。
小林さん: 8/は、商業施設といったら商業施設なのですが、結果的に「公共性のある空間」になっていて、どこか商売っ気がないというか少し文化的な雰囲気もあって、ここに集まるお客さんの雰囲気がいいんですよね。表参道にあるスパイラルがとても好きで8/を企画する際も参考にしました。スパイラルも一見して無駄に見える空間が多いのですが、そこから生まれる価値があるということを以前から感じていました。こうした商業色が薄いということにも価値を感じてもらって、企業や地方自治体のPRなどに幅広く使って頂いています。

8/は「社会課題を扱うイベントやイノベーションの始まりの場」8/は「社会課題を扱うイベントやイノベーションの始まりの場」

―― 私が8/ のイベントに初めて参加したのは2013年の「TOKYO WORK DESIGN WEEK」でした。「仕事」や「働き方」など当時ではコアな内容を渋谷ヒカリエでやっていることに驚きました。
小林さん:TOKYO WORK DESIGN WEEK は株式会社BENCHの横石さんという方が中心にやられていて、8/で「働き方の祭典」をやりたいと相談に来られました。その当時は「ソーシャルデザイン」や「新しい働き方」などの新鮮なキーワードが生まれていた時期で、幅広くそうしたことを情報発信したいということでした。また、8/の奥にあるCreative Lounge MOV(モヴ)が「働き方を発信する」というコンセプトで始めたこともあって、このイベントは8/にフィットすると思いました。
―― メディアにもたくさん取上げられている場ですよね。
小林さん:そうですね。TOKYO WORK DESIGN WEEKの第1回目には、報道番組に取上げられたり、新しい働き方の本がちょうど販売された時期だったので、メディアの注目度も高かったです。
8/を共同で運営しているD&DEPARTMENTさんの影響力が大きく、開業の一年目には地方紙は毎月10紙くらい掲載がありました。デザイン系雑誌や海外の雑誌にも掲載されました。Creative Lounge MOVは、アメリカのニュース雑誌に写真が掲載され、日本の新しい働き方が紹介されたこともあります。

8/画像「d47 MUSEUM」(‎運営:D&DEPARTMENT株式会社)
8/画像「Creative Lounge MOV(モヴ)」(運営:コクヨ株式会社)

―― 他にも話題になったイベントはありますか?
小林さん:COURTとCUBEで開催した「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」(略して「超福祉展」)も、大変盛況なイベントでした。
このイベントは「福祉」という社会的な課題に、新しいイノベーションや価値を生み出していこうという趣旨でした。商業都市の渋谷から、感度の高いセンスのある人達に『福祉ってカッコイイものになっていくんだよ』ということを発信したのですが、話題になったイベントでした。

8/の1年目は色々ありました。8/の1年目は色々ありました。

―― 8/は開業してからすごい人気だったんですね!
小林さん:実は一年目の時はそれほど稼動していませんでした。中央のイベントスペースの「COURT」の稼働率は当時3~4割ほどでした。またテナントで入っている区画も、まだどういう風に使って良いか模索をしていて、人が入らなかった企画もあったのです。
会社の経営層が渋谷ヒカリエの8階に面白いものが出来たと期待をしてくれていたのですが、たまたま閑散としたフロアを見てしまったらしく社内で問題になったこともありました。(笑)。極端に言えば「あのフロアを変えられないのか?!」と、いうくらいです。
―― それは焦りますね・・・
8/画像「CUBE」(運営:東急電鉄・8/運営事務局)
小林さん:皆焦りましたね(笑)。ですが、私はこれを冷静に対応するべきだと思っていました。ひとつは、元々実力のあるテナントさんが入っているので、時間が解決するだろうと思っていました。またメディアにはたくさん取上げられていたので、社外の人は評価してくれていると感じていたからです。
小林さん:しかし、課題はありました。COURTが埋まらないとどうしても空間的に寂しい感じが出てしまう。そこで物を置こうとか、装飾をしようとか、床の色が黒だから良くないとか、様々な意見があがりました。
しかし、私が思い描いているこのフロアは、基本的には人の活動が中心なので、その活動にフォーカスする為には周りのトーンを抑える必要があると考えていました。
8/画像「d47 design travel store」(‎運営:D&DEPARTMENT株式会社)
小林さん:稼動していない状態は確かに寂しい感じかもしれないけれど、イベントで人が入っている時がこのスペースの完成型になるので、なにもモノを置かない方がいいと言って、理解をしてもらいました。
そうこうしている間に良質なイベントのご利用が増えてきて、この波は過ぎていきました(笑)。
当時の私の所属部署の上席の人が、大変心配をして色々とご意見をいただいたのですが、今では8階のことを評価をしてもらっています。

8/画像「d47 食堂」(‎運営:D&DEPARTMENT株式会社)
8/画像窓際の席から渋谷駅が見渡せます。


渋谷の魅力を考えたら「人」に辿り着いた。渋谷の魅力を考えたら「人」に辿り着いた。

――小林さんは、8/の立ち上げから携わっていらっしゃいましたが、渋谷ヒカリエに「クリエイティブスペース」を作ろうとお考えになったきっかけなどありましたか?
小林さん:2005年頃に「渋谷文化プロジェクト」という情報発信サイトの立ち上げを担当していたのですが、その時の経験がベースにあると思います。 担当だった一年間は、ずっと渋谷の魅力というものを考えていました。街を歩いたり、街に詳しい人の話をよく聞きに行きました。
そうした中で、この街の魅力は「人」だと思いました。これは渋谷文化プロジェクトのコンセプトでもあります。サイトの中で「キーパーソン」というページがあるのですが、渋谷周辺でご活動されている方にインタビューをしているページです。今では100名以上のキーパーソンの方にご協力を頂きました。
8/画像小林さんは渋谷に勤務して12年。様々な街の移り変わりを見てきました。
小林さん:この渋谷文化プロジェクトを運営して思ったのは、渋谷は「自らが価値を発信する人が集まっている街」だということでした。
カフェ文化を発信する人たちであったり、映画館があったり、ライブハウスであったり、エッジの効いた文化活動もあったり、こうした個性的な活動が生まれる街ですよね。
これから価値を発信していきたいという魅力的な人達が、渋谷には沢山集まっている。そうした人たちの活動の場所が必要だと思い始めました。
小林さん:私が8/の担当になったのが2009年でしたが、実はこの時、8階だけ何も決まっていませんでした。動線などの関係で商業的にも売りづらい空間ということもあったのですが、何かの機能をこの8階に入れなくてはいけない状況でした。
今考えると、渋谷文化プロジェクトの運営経験が繋がり、8/のコンセプトが形になったと思います。
8/画像渋谷ヒカリエ8階からの眺め。渋谷駅前の再開発工事の風景が見えます。

8/の顔「ナガオカケンメイ」「小山登美夫」8/の顔「ナガオカケンメイ」「小山登美夫」

―― 今では8/のご担当を離れていらっしゃいますが、やはり思いれはありますか?
小林さん:そうですね。特にこのフロアを作る時に大事だと思ったのは、誰と組むかということを考えていました。
8/ のコンセプトでもあった「クリエイティブな才能のある人達に、活動の場を提供したい」ということを、一緒に体現できる人と組みたいと。そうしたことを生業にしていらっしゃる方で、しかも一流でなければならない。こだわりがあって、社会にしっかりと評価されている方。こうした人を探したら、意外と少なかったんですね。
小林さん:8/には、ナガオカケンメイさんのD&DEPARTMENTと、ギャラリストの小山登美夫さんにテナントに入って頂き一緒に運営をしていますが、このお二人は最高の人選をしたと今でも思っています。
8/のコンセプトにあるように、若い才能のある人に活動の場を与えていることを生業にされていらっしゃるお二人ですし、それぞれの業界の中でも、超が付くほどの目利きの方々でもありますし。
ナガオカさんの奥沢のお店は以前から知っていましたし、こうしたお店こそ渋谷という情報発信力のある街から新しい価値を発信してほしいと思っていました。デザインもアートも国内におけるマーケットの底上げをしてもらいたいと思っています。

8/画像「d47 design travel store」(‎運営:D&DEPARTMENT株式会社)
8/画像「ART GALLERY」(運営:小山登美夫ギャラリー)

東急文化会館の「複合DNA」を引き継いでいる渋谷ヒカリエ東急文化会館の「複合DNA」を引き継いでいる渋谷ヒカリエ

――渋谷ヒカリエは東急文化会館の跡地に建ちましたが、意識されたことなどありましたか?
小林さん:東急文化会館は、商業があり、映画館があり、ホールがありと複合のDNAを持っていました。複合だからこそ生み出される価値があるというのは神話として担当者の中にあったので、渋谷ヒカリエも「縦に積んだ複合施設」になった、ということに現れていると思います。不動産賃貸業的には効率の悪い部分があるので、なかなか普通のデベロッパーではやらないことをやっていると思います。
――8/も新しい価値を発信していくテーマがありましたが、渋谷ヒカリエ全体でも劇場やホールがあったりと「発信力」がテーマにあったのでしょうか?
小林さん:たしかに渋谷ヒカリエは「情報発信拠点」と言っていたように「発信」は重要なキーワードになっていますね。渋谷の街にいる以上「新しい価値を発信していく」というのは最大のキーワードだと思います。渋谷の街全体が劇場や映画など文化的な活動が常に発信している状態を作るというのも我々が重視しているところではあります。
渋谷ヒカリエの8階が、渋谷で創造的な活動をしたいという人達に場を与える役割を担いましたけれど、こうしたことは渋谷の街にとっても必要だと思っています。
8/画像渋谷ヒカリエは東急文化会館の跡地に建ちました。8/は「東急文化会館のDNAを引き継ぐクリエイティブスペース」として創造的な活動が行わています。

――最後に、渋谷ヒカリエが出来てから渋谷の街が変わってきたと実感したこと、また今後の渋谷に期待することはありますか?
小林さん:この数年で外国人がとても増えたと思います。また30代、40代の女性が増えました。今まで渋谷にいなかった層がとても多くなりましたよね。 渋谷の街に期待することは、もっと国際的な街になるべきだと思います。観光もそうですし、質の高い文化施設もできて、職・住・遊 が充実した街になってほしいと思います。
――どうもありがとうございました!


【編集後記】
8/での取材を終えて。
渋谷は東京の他の繁華街とは違った魅力があるなぁと思っていましたが、その理由がはっきりしました。
それは、8/のようなこれまでにない新しい場が生まれ、沢山の魅力的な人たちが集まる街だったからなんですね。

私にとって8/とは、ここを訪れれば、何か出会える。そんな場だと感じました。
小林さん、お忙しいところ、どうもありがとうございました! (インタビュー・撮影・執筆:まあや)


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